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唖然としてダイチが見つめる中、二人は蕩けた表情になった。どうやら相当に気に入ってくれたらしいと判断し、ダイチはそっと胸をなで下ろす。
「よ、喜んでもらえてよかったです。ヒスイさんの腕も相当だと思うんですけど、そんなにおいしかったで――」
「おいしいわ!」
「うまいぞ! 味付けはヒスイも負けず劣らずだがこのふんわりとした触感はかつて生まれてこのかた味わったことがないなんてすばらしいふんわりなんだ!」
「卵焼きって言うらしいわよ!」
「そうか、卵焼きか!」
蕩けた表情の割になぜか声がすさまじく迫力がある。ダイチは若干頬を引きつらせながら、
「そんなに気に言っていただけたなら、わたしのも食べま――」
「いただく(わ)!」
またもダイチが言い切る前に二人が反応しフォークがダイチの皿へと伸びてきた。もはや命の危機すら感じる。顔はどこまでも緩み切っているのに首から下が歴戦の戦士ですら足を竦ませてしまいかねない迫力を秘めている。
二人のフォークがガチッとぶつかり合い、卵焼きのわずか上で止まった。
「おいトパズ、もらったのはアタシだ」
「いいえわたしよ。そもそも昨日まで頑張っていた義妹に譲ろうとは思わないの?」
「ハッ。寝込んでいた義姉にあげようという優しさはないのか?」
「ヒスイさんが起きたかもしれないので、もう一度行ってきますね」
ダイチはヒスイの朝食用に用意したスープを抱えそそくさと逃げ出した。居間から出た直後に背後から剣撃にも似た音が聞こえてくるが気のせいだということにして階段を駆け上がる。
少しだけ安全圏に逃れられた気がしてダイチは安どのため息を吐いた。
「うぅ、ヒスイさんのごはん、すっごくおいしいから何も問題ないと思ったんだけど……リサさん達のことがフラッシュバックしたよ、もう。これから色々作る予定だし、対策考えておいたほうがいいかなあ」
唸りながらも歩を進めていたのできちんとヒスイの部屋の前に到着する。行儀が悪くはあるが、トレイを持つのに両手がふさがっているため仕方なく足で軽く戸を小突いた。
『はい』
短い返事。どうやら起きたらしい。いや、未だにうるさい階下の騒ぎのせいで起こされた、というほうが正しそうだ。肘をうまく利用してドアノブを動かし、そっと扉を押し開けた。
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