第四話~激突する刃~

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 苛立ちを抑えきれなくなったコハクがトパズの顔目掛けて矢を射る。だが感情に任せた矢はわかりやすく、彼女が叫ぶと同時にトパズは姿勢を低くし矢を掻い潜り、コハクの眼前へと飛び込んだ。驚きと怒りを露わに膝を突き出してくるがそれを左手で受け止め、同時に鳩尾へレイピアの柄尻を叩きこむ。 「かはっ……!」  ビクンと震えて動けなくなるトパズを、そのまま膝を受け止めた左手で押し地面へと押し倒す。彼女の身体能力と反射神経ならば即座に起き上がり反撃をかましてきそうだが、鳩尾へのダメージが抜けきらず動かずに悶絶している。これ以上ないほどのチャンスだ。 「とどめよ」  短く静かに死の宣告をし、細剣を逆手に握って左胸へと振り下ろす。これでトパズの勝ちだ。ダイチを疑うわけではないが二人を相手にしてはさしものダイチも苦しいかもしれない。すぐに助けに向かおう。そう考えながら終わりを迎えるコハクの顔を冷たく見下ろし、 「助けて……」 「っ!」  死に怯え、涙を流し、無様に口から唾液をこぼしながら喘ぐコハクに。その口から出てきた、掠れる助けを求める声に。  死にたくないという彼女の想いが、トパズの体を縛りつけた。わずか数紙という距離を残して切っ先がピタリと止まる。  哀れに思ったわけではない。彼女は大事な仲間達を攻撃し、あまつさえ村人達をも襲撃しようとした敵だ。かつて出会ったことがない、これまで鍛えてきた剣をぶつけるに値する本物の敵だ。にも拘わらず手が止まった。まるでいうことを聞かない体にトパズは絶句する。どうしてだ。あと少し剣を振り下ろせば仲間を護れるのだ。だというのに、何故――。 「ばーか」  空気を伝播してくる耳障りな声。我に返った時には足を払われ、逆に地面に叩きつけられていた。目の前には弦が引き絞られた弓が、番えられた矢が視界を覆いつくしている。  弓の向こうでは青空を背にして盛大に厭らしい笑みを見せるコハクがいた。さっきまでの泣き顔はどこへやら、恐怖どころか傲慢なまでに楽しげに笑っている。レイピアを握った右腕は彼女の左足で押さえられ反撃ができない。 「コハク様の泣き顔はどうだった? 思わず手を止めて抱きしめたくなっちゃうくらい可愛かった?」
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