第五話~決心する姉~

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 素早く突きの連撃を放つ少女に圧倒され、エメラは防御に徹する。かつて出会った憎き敵を除けば、これほど強大な敵に出会ったことはない。よそ見をしながら、意識をよそへ向けながら、それでも正確に急所を狙い、攻撃をすべて受け流す。戦士としての強者と相対する興奮よりも背筋を走る怖気の方がずっと強い。  もう一つのバックラーを蹴り飛ばした少女は体を地面に倒して後転し全力の横薙ぎをあっさりとなかったことにしてしまう。 「トパズさん、いつまで寝ているんですか?」  当の本人はそんなエメラの気を介した様子もなく離れた仲間に呼びかけている。  必死に攻撃を当てようと細かい攻撃を連続で繰り出すが、やはりよそを見たまま少女は一撃すらもその細い身に受けさせない。 「殺さなくていいんですよ」  随分と優しい声だった。何度か応酬したやり取りの中でこんなにも相手に安らぎを与えるような声はついぞ聞いていない。その間にすら何度も喉を狙われ寿命が縮む思いでやり過ごす。 「トパズさんなら、その人を殺さずに倒せます。だから」  そこで視線がかち合った。今しがた義姉に見せていた優しい笑みではなく、最初に壁の上で見せていた、不敵で不遜で傲慢な笑いだった。 「遠慮なくぶっ飛ばしてください」   刹那。見えた。  少女の、眼前の敵の背後に、大きな男の姿が浮かび上がった。  やや尖り気味に跳ねた黒い髪に、荒々しい猛禽を思わせる強烈な光を放つ黒曜石の瞳。左の手には白い、そして右の手には黒い打刀を握った、真っ黒なコートを纏った男が。  そこにそんな人物がいないことはわかる。そして、それがどれほど強烈な力を有しているかも。到底自分では及びもつかない遥か高みに佇む存在。人間では到達しうることなど敵わぬ、かつての化け物すら単独で討滅してしまいそうな破壊の力。  理解した。理解させられた。  そのすべてが、目と鼻の先にいる少女の気配であることも。 「だからこちらも遠慮なく」  少女が右手に打刀を握り、左拳を握って腰を落とす様を見ても何も動けない。攻撃も防御も回避も逃走も、体中に稲妻が走る痺れが阻害する。  時間を置き去りにして少女の拳が己の鳩尾に叩きこまれた瞬間、途切れる意識の中で聞いた。 「ぶっ飛ばさせていただきます」
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