第五話~決心する姉~

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 ヒュンッ、と空を切り彼女の持つ弓から放たれた一本の矢は進路先にある蕪へ一直線に向かう。  当たった。そう思い拳を握りしめようとするが、僅かに横へ逸れ、蕪の表面を削るにとどまり何も貫くことのないまま矢はさらに先の木板へと突き刺さる。 「あら、惜しい」  後ろから聞こえた女性の声に少女は肩を落とす。トボトボと歩き、蕪の横を通り過ぎて矢を抜き取ると背後で成り行きを見守ってくれていた女性の元まで戻る。 「だいぶ上達したわね」  頭を優しく撫でてくれるが少女の表情は晴れず暗い。矢と弓を握りしめる手がフルフルと震え、歯を食い縛る。 「できると思ったのに……」  小さく漏れた愚痴。絶対に成功させたかったのにうまくいかなかった。そのことが悔しくて涙が出そうになる。 「何言ってるの。お母さんがコハクくらいの頃はこの距離の半分の、それももっと大きな蕪にすらちゃんと当てられなかったのよ? コハクは凄いわ。お母さんの自慢の娘よ」  背中に回された両腕に抱き寄せられそのまま密着する。少女にはない豊かな胸元に顔を埋められた少女は、しかしその温もりと香りに目を閉じ、矢と弓を持った腕を女性の背後に回して同様にする。 「だいたい、今のコハクがお母さんと同じだったら、お母さん立つ瀬がないわよ」  ケラケラと笑う女性。少女はうん、と小さく返事をする。  背中から手が離れそれに合わせて少女は一歩下がり女性を見上げる。腰まである少女と同じ色の髪を後頭部で二つに結び、それらを尾のように垂らした女性は、茶色い瞳を優しく細めて少女の髪をそっと撫でた。 「でも、これだけ上手ならお母さんが抜かれちゃうのも時間の問題かなあ。母親としてそれだけは阻止しないとね」 「……絶対に抜くもん」 「だーめ、お母さんの意地にかけてさせないわよ。っと」  母親の視線が少女からその先へと向けられる。つられて少女も振り返ると、日に焼けて褐色色になった男性が手を振っていた。 「ご飯、できたみたいね。ほら、お父さんに涙で真っ赤に腫れた目を見せる気?」 「な、泣いてない!」  強情に言い張り、乱暴に目元を拭う少女。はいはいと、女性は愛おしそうに少女に答えながらその手から矢を引き抜き、腰に吊るした矢筒に戻す。
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