第五話~決心する姉~

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 この女性がとてつもなく強いことはわかる。抜く手も見せず背中の偃月刀を両手に握り、迫った矢を受け止めた。兵長はもちろん少女の母親でも無理だ。 「ところでお嬢ちゃんは、この村の子かな?」  村とすら呼べない集落を示して言う女性に少女は頷く。 「んー、ここは通りがかりで見かけたから寄っただけなんだけどね? お姉さん、人を探しているの」 「人探し……ですか?」  うん、と女性。 「全身を覆う銀色の鎧を着た人、見たことないかなー? 隙間なく銀に埋め尽くされた鎧。噂とかでもいいんだけど」 「銀色の鎧……」  記憶を辿るが、しかしそんな存在はついぞ聞いたこともない。重鎧は確かに全身を覆う物もあるが、これまで生きてきて少女は全身を覆う鎧どころか重鎧すら見たこともない。何せ見たことがある戦士と言えば兵長と母親、それに加えて数年前に集落を出て別の町で警備隊に就いた女性くらいなのだ。  女性の力になれず申し訳なさそうに眉を顰めて首を横に振った。 「そっかー。でも、まあ出逢ったりしてないなら、それに越したことはないかな。こーんなにも可愛い子が危険に遭遇なんてしてほしくないし」  よしよしと頭を撫でられ少女は押し黙る。緩む口元を抑えるのに必死だったからだ。胸中で暴れる不可解な何かに翻弄されつつも、当然の疑問を口にした。 「どうしてその人を探してるんですか?」 「んー、ちょっとお礼をしなきゃいけなくてね。お姉さんは義理堅いの♪」  明るく告げるその言葉に含まれた暗い想いを、混乱している少女は気づけなかった。 「うん、でも知らないならいいの。次からはちゃんと的に当てるようにね?」  言うが早いか女性は少女の頬に軽く口づけをした。 「はわっ、はわわわわわわっ!」  林檎のように真っ赤になった顔から湯気が出そうなほど熱を放出しわけのわからないことを喉から音として発信させる少女を、女性は悪戯っぽく眺めてウインクし、それじゃあね、と告げて女性は歩き去っていった。  それから二十分もの時間を要して野で立ち尽くしていた少女は冷静さを取り戻し、女性が去っていった方向へ視線を向ける。当然もうその背中が見えることもなく、少女は胸が痛み長い長いため息を吐いた。
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