第五話~決心する姉~

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 何だったのだろうか、あの人は。歳としては二十歳かそこらのように見えたが、落ち着いた態度はもっと年上のような気もさせ、しかし悪戯めいた仕草や表情はもっと幼くも感じさせた。 「……」  女性の微笑みを思い出すだけで胸の鼓動が早くなり、そっと胸元を押さえる。  少女は歳の近い人間を知らない。最も近いと言えば母親であり、それよりも若い者は集落にはいなかった。つまり大人以外を相手にしたことがなく、友情や恋愛と言ったものとは無縁だった。集落の仲間や両親に抱いていたのは信頼と親愛であり、それは皆共通して家族に対するものと何ら変わりはない。  初めて知った、新たな感情に少女は戸惑わずにはいられないまま、いなくなってしまったお姉さんを想ってもう一度ため息を吐いて練習場へと戻ることにした。 「……?」  いつもの練習場へ戻ってから少女は違和感を覚えた。集落の様子がどこか変なのだ。 「ああ、コハクちゃん」  振り返ると、そこには集落最年長のおじいさんがいた。杖を突き、腰を曲げておぼつかない足取りで近づいてくる。急いで近づき、杖を握っていない方の手をそっと取り支えてやる。 「ありがとう、コハクちゃんは本当に優しいねえ」 「そんなことないよ。それよりおじいちゃん、何かあったの?」 「おお、そうじゃった。どこかの騎士様がここの外れで倒れておったそうでな。モナズさんとこで今は寝かせておる」 「騎士様?」  集落で最も医療の心得のある中年男性の家へ向かっていることに気づき、この老人がその騎士様とやらの下へ向かっているのだと気づく。 「ああ。立派な鎧を纏った騎士様だそうじゃ。やはりわしも気になってのう」  騎士。王に仕え、城や城下の警備をするエリート。いずれは母親もその仲間入りを果たすと信じて疑わない少女は、その騎士というものに興味が沸いた。 「コハクちゃんも、いつかは騎士様になるために村を出ていくんじゃろうのう」 「そういう寂しいことを言うのは禁止。出て行きにくくなるよ」  すまんすまんと楽しそうに笑う老人に少女はため息を吐く。普段の感じに戻り、少女は先の女性のことを今はすっかりと忘れていた。
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