第五話~決心する姉~

22/39
前へ
/200ページ
次へ
 一番驚いているのが間違いなく掴んだ本人だ。目を丸くし自身の腕を凝視しているが、その間にも騎士の鎧はどんどんと溶け出し彼の体へと移っていく。あっという間にそれは彼の右腕を多い、肩、胸を多い、そして胴から下へと広がっていく。その分騎士を包んでいた銀の鎧は体積を失い、つま先の方から騎士の隠れていた素肌を晒す。  現れたのは、真っ黒になった枯れ枝のような足だった。 「ひっ!」  ようやく悲鳴を上げるに至った男性は慌てて体を後ろに逃がそうとするも、形を失った銀は彼の体を騎士から放さず、恐ろしい速度でその体を侵食していく。 「いやだっ! いやだああああああ!!」  瞳孔を開いて泣き喚くその姿は恐ろしい怪物を目にしているのかと思えるほどに絶望を含んでいた。 「来るなっ、来るなあっ! ああああぁぁぁぁ……」  露出していく騎士の体は生者のそれではなかった。どれだけの長い時間を炎天下の中に放置していたのかと思うほどに乾燥し、生命力を吸い尽くされた老人のようだ。カサカサになった皮膚からは水分という概念を感じさせない。死んだのはついさっきではないことは誰から見てもわかるこの人物が、どうして集落の外で倒れていたのか。  もしも自力で歩いてきたとすれば。  どうして死者が歩けたのか。  凍りついた空間の中で鎧は完全に男性へと移り、その顔も覆いつくしてしまう。彼が掴んでいたはずの剣はいつの間にか彼の腰にあり、しっかりと鞘に収まっている。  家の主を包む銀の鎧は、ベッドで横たわっているミイラがついさっきまで着ていたものに間違いない。静止している彼を誰もが固唾をのんで見守る。否、動けず見つめる他にできることがなかった。  そして。  スラリと腰から剣を抜き、無造作に横に薙いだ。  鏡のように煌めく刃は大気を裂き、僅かな時間の差を残して異音が生じる。重い何かが落下したような音だった。軽い振動と音のおかげで僅かに動かせるようになった視線を、その場にいる「生者」全員が下げると。  床に。人の頭が転がっていた。  少女の真後ろに立っていた、この村の兵長の頭だ。  そこまで気づき、ゴトリと倒れた兵長だった体は切断面から膨大な噴血を見せつける。
/200ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加