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この後、少女の記憶は少し飛ぶ。気が付けば少女は両親と共に我が家にいた。弓を構えて入り口を睨む母親と、自身を抱きしめて離さない父親。それからふと窓の外へと視線を向けると、空はどす黒い雲が覆いつくしていた。いつからあんな雲があっただろう。外にいた時は快晴だったのに。
戸の近く置かれたランタンの揺れる明かりが妙に不安を煽る。
何がどうしたのだろう。そんなことを考えて少女が記憶を遡ろうとした時だった。入り口が開けられる。
無言で放たれた矢はその隙間へと滑り込み、戸を開けた人物へと襲い掛かった。だが金属音を奏でるだけで人の呻き声などはない。女性は舌打ちをして腰に提げた、短い剣を抜き放ち、外から入って来た銀の騎士に斬りかかった。
弓を専門にしていても近接戦闘を怠らずに鍛えてきた彼女の腕は決してぬるくはない。しかし、騎士が振り上げた銀色の剣によって彼女の剣は真正面から切断され、その勢いは衰えることなく彼女の首を切り裂いた。斬り飛ばされた剣先はランタンにぶつかり、その油を床に撒き散らすと同時に引火してあっという間に火の手を上げる。
まるできゅうりのように軽く斬られ、呆気なく命を散らした母親。これまで積み上げてきた経験など、まるで何の意味もないかのごとくあっさりと。
「くっ……、頼むモナズ! 正気に戻ってくれ!」
父親は娘から離れ、騎士の正面に立ち塞がる。
「目を覚ませ! お前が斬ったのは僕の妻だ! 今怯えてるのはコハ――」
最期の言葉は、無残にも彼の首と共に跳ね飛ばされた。
妻の体の上に倒れこむ父親の体。生命と認定できなくなった、生命だったもの。大好き「だった」両親。
すべてが、目の前の恐怖によってもたらされた事実。現実。
炎を踏みしめて銀の騎士は、涙を流し、震え、しかし怒りを露わにして睨みつけてくる少女の眼前に立ち、たった今二人の人間を殺した剣を振り上げた。
* * *
「それから、コハクも死ぬんだって時に窓をぶち割って突入してきたお姉様が助けてくれたんだ」
話し終えたコハクの顔は青ざめており、ダイチはその背中をそっと撫でさすった。
「エメラはもう先へ進んだはず。どうして戻ってきてるの?」
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