エピローグ

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 昼間にきちんと訓練士として仕事をしていたことも効果があるのかもしれない。  家の裏へ出て待つこと少し。三階から放り投げられた偃月刀を始めとする三人の武器を受け止め、その後に落下してきたコハクがその手に柄のない刀身を包んだ鞘を握りしめていることを確認すると、急いで村を離れた。  馬を置いていくのは心苦しいが、この村の馬を世話しているアルナという人物ならばきっと大事に育ててくれるだろう。  そう判断し、隣町のクレピスへ向かって走る。このシオン村から一番近い人里がそこなのだ。  しばらく走り続け、小高い丘の頂上付近まで来てようやく休憩を挟み背後を振り返る。追手がある様子はない。もう大丈夫だ。さしもの剣の達人ダイチでも、風呂の最中とあれば聖剣を守ることはできなかったらしい。戦闘時の恐怖がよみがえりそうになり、慌ててエメラは首を横に振ってそれを払う。 「……」  そんな彼女と、コハクの腕をカイヤがつついた。 「ん? どうしたのー?」 「もう大丈夫だぞ、カイヤ」  逃げ出せた事実をカイヤに伝えようと二人は口々に呑気に語る。昨夜に何があったのかはわからないが、もうそんな恐怖を覚える必要ないのだと。  だがカイヤは滅多に見せない真っ青な顔でクレピス町のある方を指さしている。正確には、丘の頂上。  何があるのだろうか? そう二人が振り返ると。  夕暮れを背にし、長い髪をたなびかせながら見下ろしてくる小さな影がそこにはあった。その背中に斜めに差してある得物は、エメラとカイヤには最凶最悪の武器にしか思えない、殺傷力の低い鈍器。  夕暮れのせいで全身が影になり、ただ人型の黒い何かにしか見えない。見えないはずなのに、その口元が笑って見えるのは恐怖による錯覚か、あるいは彼女が見せている悪意の塊によるものか。 「カイヤさん」  一番下の妹が名を呼ばれ、大仰に肩を跳ねさせる。静かで、別段激しく叱責したわけでもないのに。 「昨日言いましたよね? 泥棒はいけないと」 「ぁ……」  声にならない声を上げる妹を二人で抱きしめるが、絶望を目の当たりにしたと言わんばかりに目を見開き瞳孔が開ききったカイヤに落ち着きは戻らない。 「お仕置きが足りませんでしたか……?」
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