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その通りだ。子供の癖に大人のような物言いや考えを口にし、到底考えられない速度でルビアの走り込みに追走し、どうやったのか化物のようなサイズの犬を相手にした後に大人ふたりを村の外れまで連れ帰った。現場を見ていないものもあるが、どう考えてもありえないことばかりだ。体躯的にずっと小さなダイチがルビアと同じ速度で走れるはずもない。助けを必要としないばかりか、短い時間に犬を撃退し大人二人を村まで連れて帰る。
マリンの言うとおり、あり得ないことだ。
ヒスイを救出に向かう時だって、恐らく状況が掴めていないあの時では最善の策だったに違いない。今振り返ってもそう思える。
「隣町の場所を教えたらダイチは二時間で戻るって言ってた。だから、ヒスイさんに頑張ってそれまで耐えてもらう。ダイチは隠し事が多いけど、嘘はつかない。裏切ったりしない。根拠はないけど、でもわかる。ルビアにもわかるよね?」
「……」
「悪い方向で意地ばかり張らない。ルビアは早く元気になるのが仕事。先生、ヒスイさんをもう一度診てあげて」
「あ、ああ、そうじゃな。それじゃあルビアさん、一先ず失礼するよ」
「わたしもヒスイさんを見てきますわね」
三人が出て行き、部屋にはルビアとトパズが残された。さっきまで聞こえなかった雨の音が突然部屋中に響き渡るようだった。
「トパズはヒスイのところに行かないのか」
ボソリと言う。喧しい風の音に掻き消されそうになりながら、それでもなんとかトパズの耳に届いたその言葉にトパズは首を縦に振った。
「アタシがかわいそうだからか」
今度は横に振る。
「ヒスイは大丈夫だと信じられるからか」
もう一度横に。
「じゃあ、なんでだよ……」
「ルビアと同じだから」
そっとルビアの頭を抱きしめる。
「ダイチを信じたいけど……あのヒスイを見たら、その願いも打ち砕かれそうだから……現実から逃げて、幻想に頼るわ」
トパズはルビアを抱きしめながらそう言った。震える声に、祈りを込めて。
* * *
マリンがルビアの部屋を訪れる少し前のこと。
ヒスイとルビアが大変なことになっているという噂が村中に広まり、アクアとマリンは連れ立ってトパズ達の家へと訪れた。
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