彼はその頃

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 男性は内心恐れていた。向かいにいる『その者』は、表情を一切崩すことはなくむしろ勝利を疑わぬ笑みを浮かべていた。  男性は手札を提出する。その役を見たギャラリーは再びザワリ、と響めく。 「おいおい、フルハウスかよ! しかもキングとエースだ!」 「こりゃあ、流石に勝ちだな」 「いやだが相手は・・・」  ギャラリーは知っていた。『その者』は決して弱くないことを。  常に勝ち続けるような者ではないが、それでも弱い印象はなく、さらには勝つ度に圧倒的な勝者の印象を植えつけられる。只者とは言えぬ者であることを。  『その者は』笑みを崩さぬまま、カードを提出する。  いつの間にか場は静まり、それを固唾を飲み見守る。男性も提出されるカードと『その者』を交互に見る。『その者』は言った。 「俺の勝ちだ」  場に衝撃が走る。『その者』が提出したカードを我先にと覗き込む。  すると、それは。  場に驚きを与えるには十分すぎる役で。  それは。  3のツーペアだった。 「テメェ、くっそ雑魚じゃねぇか! なんだこれ!?」 「よくそんなんで勝負に出ようとしたなぁ!!!!」 「うっせぇバーカハーゲ、俺は帰る!」  『その者』は捨て台詞を吐くと、先程までの威勢はどこへやら。  掛金を懐にしまいこみ、颯爽とその場から走りだした。逃走である。 「あっ、おい待てやごるぁ!!!!」  男性は勝った大勝負を逃がすかとばかりに吠える。  だが、いつの間にか『その者』は既に店を出て行った。  残された男性は、追いかけることなくその場で小刻みに震え叫ぶ。 「あんの黒髪がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」  ・・・『その者』の最大の特徴である黒髪。  この世界では稀有であり、どこかれ必ず注目を浴びる。しかし、特徴に対しルックスは普通なので民衆は大した気にも止めず歩き出す。  誰も知らないが、彼は。  英雄と呼ばれる者達より。  勇者と呼ばれる者より強く。  世界を救った男。その名は―― 「くっそ、あのオッサンめ・・・。あれだけ積んでも降りないとは、やれやれだぜ!」  園崎臨也(そのざきりんや)と呼ばれていた。
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