バージン・ロスト4

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「『峰岸』ってのは、あいつの奥さんの旧姓なんだよ。綺麗な奥さんでなあ。あいつもベタ惚れだった。当時は俺も自分の嫁さんを連れてしょっちゅうあいつの家に遊びにいったもんだが、その度にいちいち見せつけてきやがるからイラッときたもんだ」  そのわりには嬉しそうに頬を緩ませている大門。 「俺と恭二はガキの頃からずっと、『銃剣道』ってやつを習っていてな。毎週、稽古が終わったらどっちかの家で酒を飲むくらいには仲が良かったわけだ。けれどあの日―――」  途端に大門の眉間にしわが集まり始める。 「稽古を終えた俺たちが恭二の家に帰ってみると、いつもなら出迎えてくれるはずの奥さんが玄関に姿を見せなかった。その代わりに玄関を飛び出してきたのはガラの悪い半裸のガキだった。そいつは俺たちがあっけにとられている内にどっかにいっちまったが、もしやと思って家の中へ入ってみた俺たちが目にしたのは……」  あまり聞きたくない話だ。  このあたりで細山田は、面白半分に詮索したことを後悔していた。 「奥さん、きっと必死で抵抗したんだろうな。顔中が殴られてグチャグチャで、意識もとっくになくなってたよ……。かろうじて息はあったが、回復したあとも彼女が立ち直ることはなかった。それから数か月間、廃人のように過ごして、最後には書置きも残さずに自ら命を絶っちまった」  醜悪な面をした、いかにも無教養な子供に散々いたぶられた彼女。  その美しかった顔は殴られ続けたせいであちこちが歪み、網膜および眼底骨の損傷によって目の片方がほとんど見えなくなってしまっていた。  それでも恭二は懸命に妻を支えようとしていたが、もしかするとそれが逆に、彼女にとってつらかったのかもしれない。  いや、もはや辛いなどという感情すら、彼女は持ち合わせていないように見えた。  最後は、はさみで首元の血管を割き、病院のベッドの中でその命を絶った。
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