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「犯人のガキはそれから間もなくに逮捕されたよ。だが、認められた罪は強姦と暴行だけだった」
「いたたまれないですね。実質、その犯人が奥さんを殺したようなものですのに」
「ああ……。でも話はこれで終わりじゃあない。奥さんが死んでからちょうど2年後、一昨年の暮れのことだ」
その日は恭二の妻、沙織の命日だった。
粉雪が優しげに降る中、沙織の墓前にうずくまって手を合わせたまま、それこそ仏像のようにピクリとも動かない恭二の姿を、健二は立ち止まって遠目に眺めていた。
日々の出来事を心の中で語り聞かせているのだろうか、それとも泣いているのだろうか。
健二の手にぶら下がったバケツには、自分の店の商品から選りすぐった仏花がこれでもかと詰めこまれていた。
しばらくのあとで、やっと恭二が顔を上げる。
ぎこちないながらも墓石に向かって精いっぱいに微笑むその姿に胸を打たれながらも、健二は声をかけるべく彼に歩み寄る。
「キョウ、花もってきたぞ」
「おっと、ケン兄。もう来てたのか」
恭二はバケツを受け取ろうと手を差し出すが、健二は「俺にやらせてくれ」といって微笑む。
健二は、すでに花立に納まっていたやや草臥れた菊の束を引き抜いて、自慢の生花を挿しなおす。
そのあとで手を合わせて心の中で恭二の頑張りを報告し始めた。
沙織がいなくなったあとも、恭二は腐ることなく仕事に努め、親族に泣き言を零すことも一切なかった。
それだけでなく、沙織の両親に対しては、彼女を守れなかったことを必死に謝罪し、行き場のない彼らの怒りをその一身に受け止めていた。
どんなに辛かっただろう。
でもアイツは、沙織さんの辛さに比べたらこんなのは屁でもないと言って、ずっと耐え忍んでいるんだ。
どうか、あいつを責めないでやってくれよ。
「ケン兄、長い長い。俺の嫁さん口説いてるのか?」
いつまでも手を合わせている健二を、恭二が茶化す。
「おう、口説いてみたけど振られちまった」
「奥さんにチクってやるからな」
「それだけは勘弁してくれ」
健二が割と真面目に怯えて見せると、恭二は満足気に笑う。
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