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「ああっ、奥さん、奥さん!!」
間もなく、男はそう叫んだあとで果ててしまう。
そして何事もなかったかのようにズボンを履き直すと、ゆっくりと健二の方を振り返る。
「なにジロジロみてんだテメエ?」
男の第一声はそれだった。
真っ黒なソフトキャップをかぶり、毒々しい紫色をしたダウンジャケットを着たその男は、敵意をむき出しにして健二の方を睨む。
その目つきの悪さ、立ち姿、口の悪さ、どれをとってもチンピラそのもの。
普段ならそんな輩は歯牙にもかけない健二であったが、このときばかりは頭のてっぺんに集まった血液のせいで冷静ではいられない。
「もう、出てきやがったのか……」
健二は俯きがちに、呟くように言う。
そう、この男こそが峰岸沙織を襲った強姦魔。
健二の脳裏に、この男の法廷におけるふてぶてしい態度が思い返される。
弁護士から吹き込まれたであろうセリフを棒読みで読み上げ、口先だけの反省の言葉を繰り返したこの男の憎たらしい顔を忘れるわけがなかった。
「ここで一体……何をしている……」
怒りを押し殺しながら健二が問いかけると、男は「ああん? 何って、ドアニ―だよ。わかる? おっさん」などといって腰を振って見せる。
だが男はすぐに動きを止めて、その場にしゃがみ込むと、健二の顔を遠目に覗き込む。
「てめえ、よくみりゃあんときの……。よくもサツにチクりやがって」
こともあろうか、男は逆上して健二に喰ってかかる気らしい。
「てめえらのせいで俺は2年もクソみてえな豚箱にいれられたんだぞ。どうやって落とし前つけてくれるんだ、アア? 俺の親も泣かせやがってよお」
実際のところ、この少年は家庭裁判所から地裁へと逆送されが、初犯であったこと、年若いことを理由に、課せられた刑はたったの5年。
そして2年の刑期を終えた今、仮釈放という形で世に放たれたのだった。
その結果がこれだ。
強姦の快楽が忘れられず、こうしてすぐに現場にもどり、亡くなった被害者を冒涜するだけでなく、遺族の気持ちを踏みにじる行為に及んでいたわけだった。
この男にとっては、被害女性が死んだという事実すら、性的興奮を高める材料でしかなかった。
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