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「もう……死んだのかな?」
そういって、恭二は目を細める。
彼は憑き物でも取れたかのように、いっそ清々しく微笑んでいた。
恭二は正気に戻ってなどいなかった。
いや、沙織を失ったあの日以来、とっくに弟の正気には失われていたのかもしれないと、健二はこのときになってやっと気が付いたのだった。
いずれにせよ、これはどう見積もっても過剰防衛だった。
穴だらけになった男の顔面を見られれば、明確な殺意があったことは隠しようもない。
健二はいっそ泣き出してしまいそうな気持になった。
けれどそれは、血にまみれたこの惨状に対してではなく、弟の行く末を案じてのこと。
これほどまでに深く傷ついていた弟が、これから刑に服さなければならないであろうことが、あまりにも不憫でならなかったのだ。
「キョウ、こいつを納屋に運ぶぞ」
健二が言うと、恭二は首を傾げる。
「ん、警察には言わないのかい?」
「警察に言えば、今度はお前が犯罪者になる」
「おいおい、何を言ってるんだよケン兄。そもそもこいつがナイフで襲ってきたんじゃないのか? こちらは何も悪くないだろう? むしろこんなクズ、殺した方が世間様に喜ばれるはずだ」
「それでもお前が捕まるんだよ! どう見たってこれは過剰防衛だ。いいから、人に見られないうちに早く運ぶぞ!」
健二の焦りが伝わったらしく、恭二はしぶしぶ、男の両足を掴む。
おびただしく飛び散っていた男の鮮血を覆い隠すかのように、舞い散る雪が激しさを増していた。
きっと神様も同情して、隠蔽を手伝ってくれているのだろう。
あるいはいっそ、沙織が恭二を守ろうとしているのかもしれないと思い、健二は空を見上げて胸の内で短く祈った。
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