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逆光になっていて顔がよく見えなかったが、鉄格子に手を掛けて、こちらを凝視していることだけは分かった。
どうせまた女を漁りにきた盗賊の下っ端だろうと高をくくっていた真由美。
怯える子供たちを引き寄せて、顔の見えない相手を睨む。
「お母さん、じゃないですか、ひょっとして」
男の問いかけに、真由美は眉をしかめる。
女どもの中にこの男の知り合いでもいたのだろうかと。
それならば、ひょっとするとチャンスかもしれない。
真由美は、その男の問いかけに誰かが応え、涙ながらに助力を求めるのを待つ。
けれど、誰も声を上げることはなく、長めの沈黙が流れる。
「……美砂ちゃんの、お母さんでしょう?」
まさか盗賊の口から愛娘の名が出るとは思わず、思わず鉄格子に這い寄る真由美。
「あなた、美砂の知り合いなの!?」
そのとき、男はやっと姿勢を真っ直ぐに戻して、通路の照明の真下まで下がって見せた。
「お久ぶり、ですねぇ。裁判のとき以来だから、一年半ぶりくらいかな?」
男の清々しい微笑みとは逆に、真由美は一切の表情を失っていた。
藤原警一。
その名を思い出すと同時に、忘れかけていた、いや、忘れようとしていた薄暗い記憶がが、憎悪が、濁流となって胸の内を駆けずり始める。
それが口から零れだしてしまいそうになるのを必死で堪える真由美。
いまは私怨で状況を悪化させるわけにはいかないのだと。
かといって、悠長な挨拶の言葉が出てくるわけもなく、ただ黙って藤原を睨むばかりだった。
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