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「なわけねえだろう、クソガキが」
藤原はビクビクと痙攣している少年の体に唾を吐きかけた後で、笑顔を造り直して真由美の方へと向きなおる。
「さあ、行きましょうか」
それでも真由美は取り乱さない。
今刃向えば、他の誰かがまた傷つけられるに違いない。
激情を胸の奥に押し込めて立ち上がると、真由美は藤原のあとに付いて歩き始めた。
階段を上り、重々しい鉄の扉を押し上げて開く。
藤原は真由美を引き上げるべく手を差し伸べるが、その手に触れるなど、考えただけでもおぞましく、真由美は素知らぬ顔をして自力でひょいと上がって見せる。
「お元気でいらっしゃる」
藤原はそれだけ言うと、背を向けて長い通路を歩き始めた。
もしも今、自分の手にIFがあればその背から斬りかかり、倒れたところにありったけの魔法を打ち込んでやるのにと、真由美は歯噛みをしながら付いて歩く。
通路の脇にはいくつもの小部屋があり、その前を横切るたびに女の悲鳴や喘ぎが耳に入ってくる。
それでも真由美の心が折れることはなく、辺りを注意深く観察して脱出経路を探ったり、藤原の目論見を想像したりと、頭の中は忙しい。
その合間に過るのは娘の笑顔。
なんとしても生き残って、家族に会わなければならないという想いが彼女の精神を強烈に支えていた。
上階へと続く階段がやっと途絶えると、しばらくはまた廊下を歩いた。
これまでにみた殺風景な通路とは違い、脇には数々の調度品が飾られおり、床には羊毛で作られた、踏むことが憚られるほどに上等な赤絨毯が伸びている。
通路の突き当りに着くと、真由美の背丈の倍はあろうかという大扉の前に、手下と思しき男が二人。
藤原が何も言わずとも、男たちはそれぞれが観音開きの扉の取っ手を引き、ことが終わるとすぐさま傅いた。
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