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「どうしてっ」
苦しげに呟かれた声。
両手で顔を覆い、指の隙間からは涙が零れ落ちていく。その涙は塩辛い。
少女の目の前には腕を組んで歩いていく男女。男の方はとても見覚えのある人だ。どこかじゃれ合って歩いていく二人の姿を、少女は直視することができなかった。
「わ、たし! わたし――っ!!」
静かな部屋で少女の叫びが響く。
男は少女の恋人だった。だったと言っても少女と男は別れてはいないのだから、これはれっきとした浮気なのだ。
これで何度目なのか、少女はすでに男の浮気回数を数えるのも億劫になっていた。
隣には学年一かわいいと有名な少女。
「どうして……。わたし、わたし……。バカ、みたい」
少女の口元には薄らと笑みが浮かぶ。
泣く少女の姿を隠すかのように、靡くカーテンが少女を覆う。
涙とともに想いもポロポロと零れていく。
「そんなに泣いたら涙が枯れるぞ」
「真紀」
カーテンに包まれて泣き続ける少女を後ろから優しく抱きしめるのは、長身の青年だ。顔を覆う手を優しくどかし、零れ落ちる涙を指の腹で掬う。
「ねえ、真紀。どうしてわたしじゃ駄目なんだろう。どうして、わたしじゃないのっ」
胸の内を吐露する少女に、真紀は悲しげに目を伏せる。
「悠里、泣くな。あいつはおまえが泣くほどの価値はないよ」
「だって好きなの。好きなの!」
真紀は悠里の頬を優しく包み込む。
「悠里、俺を見ろ。俺を、見てくれ。あいつじゃなく。今目の前にいる俺を見ろ。俺だったらお前を一人にしない。誰よりもお前を愛してる。だから、俺を見ろ」
悠里は真紀を見つめる。悠里を見つめる真紀の目の奥には悲哀に揺れる光がある。
震える指先で悠里は真紀の目元に触れる。
「あい、して――?」
「ああ。誰よりもお前を甘やかして、誰よりもお前を愛するよ」
「辛いんだ。辛いんだよ、真紀。だから――!」
両腕を真紀の首に回しながら悠里は泣く。その背中を優しく慈しむように抱きしめながら、頭を撫でる。
「一生分の愛をお前にやる。――後悔しても返してやらないぞ」
腕を組んで歩いていく男女を見て嗤った。
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