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なんの意味もない作業。
それが一番大切なことなのだ。
頭の中で、スペルを描き続ける。
四曲目に入ろうとした時、最寄り駅に着いた。
嗅覚に残っていた、いかれたおじさんの匂いが、私に吐いて来いと言っている。
私は、またしてもトイレに向かい、胃の中にかろうじて残っていた朝食を吐き出した。
便器に向かって吐くと、顔のない男がこう言うのが聞こえる。
「香奈ちゃんって、なんかエロいよね」
覚えていて良いはずの顔が全く思い出せない。
顔さえ思い出せないと言うのに、視覚以外の感覚機能が得た情報は、どうして正確に思い出せるのだろう。
公衆トイレのすえた臭いは私に連続で吐けと言っている。
湿った床にへばりついている、哀れな陰毛も、どんどん吐けと言っている。
黄色い胃液を吐き出すと、体温が一気に下がったような気がした。ぜえぜえと大きく肩で呼吸をして、冷たくなった手をゆっくり広げる。
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