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「なぁ、起きて早々、なんで俺は我が子達にこれほど虐げられてるんだ?」
「身に覚えがないと、あくまでしらを切るつもりだぜ」
「紡、ちょっと黙れ」
そろそろ父の声色が冗談の通じないものに変化してきたのを聞いて、俺は肩を竦めながら口を閉ざすことにした。
「なぁ、何だ? 何があったんだ?」
必死に母を抱き寄せながら父が説明を求めるも、母さんは新聞から視線を離さないままマグカップを軽く持ち上げて紘を指した。
「紘、パパに説明してあげなさい」
「んとねー、きのー、しらないおねーさんに『あたらしいままほしくない?』ってきかれたのー」
「はぁ!?」
父も寝耳に水と言った風に素っ頓狂な声を上げたのだが、すぐさま冷静になって母を離さないまま紘に尋ねた。
「どんな女性だったんだ?」
「んー、えびちゃんみたいな?」
「俺は魚介類系女子は趣味じゃないぞ?」
「アンタら間違いなく夫婦だよ」
継、相変わらず辛辣なツッコミ。
「俺が浮気なんてするはずないだろ? 信じてないよな?」
座ったままの母に必死な形相で尋ねる父に、母は顔を上げてフッと笑った。
「貴方に浮気する甲斐性があるなら、是非そうして欲しいものだわ」
「夫に浮気を推奨するなよ」
「バカね。出来ないって分かってるから言ってるんじゃないの。貴方が私以外の女に現を抜かすはずないでしょう」
母の余裕ある一言に、父は安堵したように微笑む。
なんだかんだと言いながらも、この夫婦を引き裂く事は到底出来やしないのだと子供の俺達も分かっているから父を茶化すんだけれど。
父の母に対する愛情は異常だ。
そして母はその異常さを海よりも広い懐で受け入れている。だからこそこれほど堂々とまでできるのだろうけれど。
「それに、本当に浮気していても貴方だったらもっと上手く隠すでしょうね。子供を利用しようとする馬鹿げた女性を相手にしたら、私は貴方に幻滅するわ」
フフフッと母は笑ったけれど、目は笑ってなかった。
父もそれを分かっているせいか、顔を蒼白とさせている。
子供の俺達から見ても怖い。
母はこの世で一番怒らせてはいけない存在だと改めて思う。
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