恋に焦がれ恋に泣く

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* * * 「茶色い髪の桜崎さんていう青年がね、社長さんの忘れ物だって持ってきたよ。直接渡しますかって聞いたら、いいですって帰っちゃって。念のため、中身確認してもらってもいいかな?」 警備員さんの奥井さんは、持ってきた紙袋を会社のカウンターに乗せた。 「いつもありがとうございます」 少し白髪の混じった恵比寿様似の奥井さんは、友達のいない私の知り合いの中で、気の許せるベスト5に入る人物だ。 福顔と人柄に、癒されるのよね。 その福耳、一度でいいから触りたい。 「紙袋はにおいの通り、ハンバーガーとポテトだね。こっちは携帯」 ユウタ、わざわざ持ってきてくれたんだ。 警備員さんから荷物一式受け取ると、聴きなれたメロディが聞こえた。 ――え、私? 手元のスマホを見た。 「私の携帯みたいだね」 奥井さんは胸元のポケットから携帯を出した。 「今の曲って『Ring』の『空蝉(うつせみ)の恋』ですよね?」 「そうそう、あの顔を見せない歌手。社長さんも好きかい?」 「はい、発売日当日にCD買いに行ったくらい」 「いいよね、私は奥さんのメール音にしてるよ」 奥井さんは頭をかいた。 「ラブラブですね」 「照れるねぇ。さてと、そろそろ戻るかね、社長さんも無理は禁物だよ」 エレベーターの前で、マイクを持って体を揺らしながら歌うようなしぐさをする奥井さんを見て、吹き出してしまった。
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