1人が本棚に入れています
本棚に追加
「空気になりたかったんだ」
ある日、彼は唐突に言った。
「くう、き?」
「そ。誰にも見えなくなりたかった」
誰にも、見えない?
「生きてたかったけど死にたかったんだ。だからずっと空気になりなかった」
それって、私と似てる?
生にしがみつきながらも死を求める私に。
「アンタと俺、似てると思わねー?」
似て、る。
本当に、私と。
「だから、気に入ったっていうより同士を見つけた感じ?」
あぁそうかも、と納得してる自分がいる。
ただの傷の舐め合いだとしても、そこには確かに相手への感情があった。
私が長い間忘れていた、人間として大切なもの。
温度のない会話がいつの間にか無言になり、久しく忘れていたもの。
何も思わなくなってもう何年も経っていたというのに、今になって思い出すなんて。
「今は、人間、は、嫌いじゃないの?」
彼の語る感情は全て過去形で今はそんな影はどこにも見い出せなくて聞いた。
「今は、……愛おしい、って思う。小さなことで一喜一憂して、傷つけ合っては癒し合って、そんなことで泣いたり笑ったりするのが捨てたもんじゃないな、って思えるようになった」
全てを悟ったような彼の表情は、どこまでも透明で、どこまでもキレイだった。
「愛おしいって……バカじゃない?」
素直じゃない私はそう言ってしまってから口元を押さえた。
「いいよ、別に。俺がそう思ってるだけだしさ」
彼のどこにも気分を害した様子はなくて、私は謝る機会を逃してしまった。
「それに、俺は……」
何かを言いかけたまま、彼は目を閉じてしまう。
しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「なんなの、もう……」
出会ってからずっと振り回されっぱなしだ。
彼を睨み付けてやるが、あどけない寝顔に思わず口元が緩む。
「子どもみたいな顔」
頬をつついてみたが、起きる気配は全くナシ。
サラサラの金髪を梳いてみる。
指どおりがとても滑らかで枝毛の1本も見当たらなくて、女としてはちょっと面白くない。
初めて会ったときからどこか男っぽくないものを感じてはいたが、元から白かった肌がその頃よりはるかに白くなっている気がする。
それはとても病人めいていて……
思わず目を逸らした。
.
最初のコメントを投稿しよう!