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その場に立ち止まり、家族の姿を眺めながら物思いに耽っていると、ふいにコートの胸ポケットから断続的な振動が伝わってきた。
ポケットの中へと手を入れ、震えの原因であるものを取り出してみる。
それは使い始めてもうすぐ一年の経つ、少し小傷が目立ちはじめてきた俺の携帯電話。
ディスプレイには通話が来たときの着信画面と〝部長〟という二文字が映し出されていた。
それを見て「あぁ、またか」と、半ば諦めにも似た嫌な予感が胸を過ぎる。
このまま出ないでいようかとも思ったが、会社に戻れば嫌でも顔を合わすことになる。
どちらにせよ、これから起こるであろう事を避けることは出来そうにない。
手の平の中で震え続けている携帯電話をしばらく見つめながら「どうか、この予感が外れてくれますように」と願いを込めてみる。
因みに、この願いが叶ったことは今まで一度も無い。
意を決して通話ボタンを押して、携帯電話を自分の耳へと宛てがう。
受話口の向こうからは、既に聞き飽きてしまった男の声が聞こえてきた。
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