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翔琉とカヨ
沙和子が紗々を手伝い始めてから1週間が過ぎた。
それは同時に、哲司と類との同居生活も継続されているということだった。
類は約束通り沙和子が母親に電話することを了承し、類の目の前でかけるという条件付きではあったものの自分のスマートフォンを貸してくれた。
最近では、四六時中つきっきりで沙和子を見張ることもなくなり、日中家を空けることも増えた。
類には夜の業務以外にも仕事があったし、事務所や銀行に行こうにも、いちいち沙和子を連れて歩くのはお互いに面倒だったのだ。
実家には出勤途中に電話をかけた。アパートだと、哲司が居ては話しづらいし、類の目の前でしんとした部屋の中から母親と会話をするのも気まずい気がしたからだった。
沙和子が電話をかけると、母親は電話口で涙ぐんだ。訳のわからない電話一本かけたきり四日も音信不通だった娘を心配しない母親はいない。申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、将大を置き去りにして一体今どこで何をしているのかと詰問されても、沙和子にはなんと返事をしたら良いのかわからなかった。
散々困ったあげく、沙和子は夫の『浮気』を理由に使うことにした。
結婚した当初から、夫には常に女性の気配があった。沙和子も夫の浮気癖に頭を悩ませ、将大の妊娠中こそ強く夫に詰め寄ったこともあったのだが、今はもう諦めた。
腹が煮えるような憎悪に苦しめられるくらいなら、見なかったことにしていた方が心穏やかに過ごすことができると自分に言い聞かせた。
離婚をしたら、と考えた事が一度もないわけではない。けれど世間知らずの沙和子が、将大を連れて生活していけるかと考えると自信がなかった。夫が与えてくれる何不自由ない暮らしが惜しかったというよりは、単純に社会に出るのが怖かったのである。
沙和子は自分のなかでとうの昔に折り合いをつけた事案を言い訳として使うことにしたのだった。
『今は貴大の顔を見ることができない』
沙和子がそう訴えると、女同士の共感からなのか母親は意外にも沙和子の家出を了承してくれた。『将大の面倒は私がみるから大丈夫。気持ちの整理がついたら、必ず帰って来なさい』そう言うと、自分と沙和子の父親との新婚時代からのエピソードを語りだそうとするので、「仕事があるから」と慌てて通話を終了した。
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