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塾の通常授業が終わるのは20時半過ぎ。
それから毎回30分、私は辰巳先生の特別講習を受ける事となった。
当時の彼は、高田馬場にある有名私立大学の学生だった。
そしてこの学習塾には、彼のお父さんの勧めでアルバイトを始めたのだという。
「俺の父さん、予備校の経営者なんだよ。
だから俺も、将来は予備校の経営者になる道がもう決まってるって訳。」
辰巳先生の実家は、古くから予備校を営む大きな会社のお家柄。
そしてその家の長男である彼は、生まれた時から会社を継ぐ運命に縛られてきたのだそうだ。
「別に俺がやらなくてもいいのにさ。
下に弟が2人いるし、どっちかにやらせたって・・・。」
予備校の経営者になる事は彼の本意ではない。
こんなぼやきを、塾生である私に零す辰巳先生。
そんな彼の話を聞いているうちに、私は少しずつ辰巳先生の事を意識するようになっていった。
中学3年生の2学期後半。
受験を目前にした最後の学力テストで、私は初めて、社会科の偏差値が60を超えた。
これも、ずっと私を指導してくれた辰巳先生のお陰。
嬉しくて、この結果を逸早く彼に伝えたかった。
だけど・・・。
「あと一息なんだよなぁ・・・。」
社会科の成績は良かった。
しかし、問題はもう1つの苦手教科である『理科』だ。
国語、数学、社会科、英語・・・。
これらの教科は、全て偏差値が60を上回っている。
しかし理科だけは、50ギリギリというひどい成績だった。
「仕方ないな・・・。
専攻外だけど、理科も教えてやるよ。」
辰巳先生は溜め息を吐きつつも笑顔を見せてくれた。
そして受験の直前まで、『特別講習』の内容に理科が加わった。
アーク学力増進ゼミナールの営業時間は21時迄。
通常授業が終わってからのたった30分という短い『特別講習』の時間だったけど、その30分は私にとって本当に幸せな時間だった。
大好きな彼に、『特別』に勉強を教えてもらえる。
もしずっとそうしてもらえるなら、このまま成績の悪いふりをしていたいとさえも思ってしまっていた。
そして、高校受験までのラストスパートを辰巳先生と一緒に駆け抜けた私。
私立高校の入試日は、専願の場合、都立高校よりも受験日が早かった。
そして、専願で夢愛学園高校『特別進学コース』の受験に挑んだ私の結果は・・・。
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