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その通行手形を貰えたのは、さらに二ヶ月してからだった。
「井伊殿が大老についてから、いろいろ厳しくなり、遅くなった。すまぬな」
そう説明するのは、藩邸に勤める長井雅楽(ながい うた)。さらに、道中騒がしくなっているから気をつけろ、と耳打ちした。
「なにかあったのでしょうか?」
素知らぬ顔で問う栄太郎は、長井の口から情報を、そして長井の見解を得たかった。
だが、長井は厚い唇をむすび、何ももらさなかった。口をひらけば辯舌さわやか、黙れば妙に威厳がある。立派な風采のためだろう――そんなことを考えながら、栄太郎は軽く頭を下げて、辞した。
(長井は、重臣だ。そう簡単にはもらさなくて当然だ)
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