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安政5年の8月、栄太郎は江戸にいた。
「立派だな」
と、指で生糸の質感を確かめながら、栄太郎はうそぶく。
「おや、わかりますか、そいつは天下一品の生糸なのですよ」
「ああ。上物だ。見ただけでわかる」
もちろん、はったりである。商人の口辺に微笑が浮かぶのを見てから、
「こいつを異国に売れば、財をなせるだろう」と、さらにふっかけた。
商人の名は、田中平八であり、幕臣のもとに出入りして商いをしていることを知って、栄太郎は話しかけていた。
「そうなれば、いいのだがねぇ」
表情を曇らせた平八は、ため息をつく。
「今度の大老は、開国するらしいじゃないか。なにを思い煩うことがあろうか」
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