第1話

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 猛スピードで暗闇を落ちていく自分に叫び声を上げながら、絢人は唐突に目覚めた。乳白色の天井が目に入り、一瞬、絢人は何もかもを思い出せないという脱力する感覚にとらわれた。たとえば、自分が幸福なのか不幸なのかさえも。  しかし、頬をつたう温かさに気づき、自分が夢をみていたということを思い出した。肌をまさぐられ、頬をなでられ、そして全身を嬲られた、その感触がひどく生々しい。  ちくしょう、と絢人は毒づいた。布団を押しやりベッドから出て、カーテンを開け、テレビを点ける。ちょうど午前の情報番組が始まったところだった。タレント同士の他愛もない、罪もない会話に耳を傾けようとする。今しがたの夢を反芻してしまわないために。けれど、一向に話の内容など頭に入ってこない。  こうして目覚めたばかりの怠い体を持て余していると、あの男とした恍惚のセックスを思い出す。平岡は絢人が体を繋げた最初の相手というわけではなかった。けれど、自分でも知らなかった絢人の欲望は平岡によって引き出され、露わにされ、絢人の世界は一変させられた。最初の穏やかな、ごく真っ当なセックスは回を追うごとにどんどんエスカレートしていった。平岡は決して段階をおろそかにはしなかった。だから絢人は躊躇うことが出来なかった。  目隠しや手錠やおもちゃは、最初の戯れ程度の使われ方からすぐに本物の苦痛を与えるものになった。黒絹の目隠しをされ、手錠でベッドに繋げられた絢人に、平岡は何をしでかすかわからない男だった。しかし絢人は恐れていたわけではない。閉ざされた視界はむしろ絢人の肉体を刺激し、脳は現実の代わりに絢人に淫蕩な夢をみせた。首を絞められながらセックスをした時はあまりの快感に気を失った。身体にはいつも何らかのセックスの痕が残っていた。体を痛めつける激しいセックスの後には、決まって平岡は穏当なセックスをする。絢人は安堵してやっと息を吐くのだが、そうやってノーマルなセックスばかり繰り返されると物足りなくなってしまう。無論平岡は絢人が「もっと」とねだるのを待っているのだ。もっと激しい行為、もっと絢人に苦痛を与える行為に絢人自身が免罪符を与えるのを。
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