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電車の中でも、朱里はいつも壁に背を預け、翔太はその傍に立っていた。
朱里を庇う位置に。
痴漢防止、ということだろう。
過保護だとは思ったが、煩わしいと思ったことはなかった。
それは朱里が年下であり、危機管理能力の薄さが原因だろう。
部活を終え、朱里は大学の門へと急いだ。
いつも通り、翔太の微笑みが出迎えてくれる。
「お待たせしてすみません!」
ぺこりと頭を下げると、その頭をよしよしされた。
「いいよ。帰ろうか」
朱里の手を自然に取り、翔太はゆっくりと歩き出した。
「……」
いつも通り、駅構内の例の男の視線をスルーし、朱里と翔太はホームに上がった。
ちょうど良いタイミングで、ホームに電車が滑り込んでくる。
混んでいるようで、人の多さが電車の外からでも伺えた。
「今日は混んでますね……」
朱里の呟きに、翔太は厳しい表情を浮かべたのが見えた。
「朱里」
真剣な表情に、朱里もつられて真剣になる。
「何かされたら、すぐ言うんだよ?」
本気で心配してくれているようで、朱里は頷いて、翔太の手を強く握った。
治安があまり良くない駅の混んでいる電車の中は、女の子には危ない場所。
混んだ電車の中で、翔太に手を引っ張り込まれる。
「!」
混みあった車両のど真ん中で、翔太の腕の中に抱き込まれるように、朱里は翔太の胸元に身体を預けていた。
混んでいるため、他の人から見えないにしても、恥ずかしさで真っ赤になりながら、東駅に電車が着くまで、朱里は翔太に掴まっていた。
「何もなくて良かった……」
翔太が安心したように呟くのが聞こえた。
「……ありがとうございます」
余韻のように残った頬の赤みが、なかなか取れず、翔太の方を見ることができない。
「……朱里」
スッと頬を取られ、顔を上げさせられる。
「帰ろうか。今日は送ってく」
駅の中で、離さなかった繋いだ手。
そんな中に潜んだ想いを、翔太は正確に読み取っていた。
「ありがとうございます」
朱里が笑う。
「……今日は俺が離したくないだけ」
繋いだ手を離さないまま、ゆっくりと二人は歩き出した。
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