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「はぁ。」
月の逆光で、とても美しい人だと云う事はわかるけれど、その顔までは窺えなかった。
あたしは気の抜けたような応えを返して、ただその人を見詰めた。
「武術でしょうか。」
不意に問われて肩を強張らせる。
「はい。」
それだけ応えて、あたしはまたその人の影を見詰める。
______何だろう。妙な心地がする。
「ではその珍妙な服も道着と云う訳ですか。」
その青年はまじまじとあたしの姿を眺める。でも嫌な気はしない。
「…まあ、そんな所でしょうかね。」
違うけど。まあ良しとしよう。
あたしは密かに、時代を超えてしまったらしいことは誰にも云うまいと決意して居た。話すには、今のあたしが抱える秘密は大き過ぎる。
だってそんな事云ったら、空手ってそもそも沖縄の武術じゃんね。今だと、琉球になるのかしら。
まあどっちでも良いけど。
「それにしても貴方はお強い。叶う事ならお手合わせ願いたいものです。」
突然そんな事を云われて、あたしはちょっと仰け反る。
「そんな。貴方に助けて頂け無ければ今頃私は斬られて居ました。」
そう、そうなのだ。
あたしは斬られてた。間違い無く。この人が助けてくれたのはあくまで奇跡の一つに過ぎない。
………ああ、此処は狂った世界だ。
あたしは急に怖くなって自分の肩を抱いた。今更、だけど。
それでも目の前の青年は無邪気に笑って、云った。
「貴方くらいの年なら仕方の無い事ですよ。でも貴方は強い。」
不意に何人かの侍が近付いて来て、彼らが持って居た提灯の光で青年の顔が照らされた。彼らは直ぐ通り過ぎてしまったからそれは一瞬だったけど。
その微笑みが柔らかくて、これがさっきのあの誰もを圧倒するような剣を振るった人なのかと目を疑った。
「そうだ、貴方、名前は?」
青年は気にするでもなく問う。
……この人、凄くマイペースな人だ。うん。
「葉月。」
見ず知らずの人に容易に名を名乗るもんじゃない。少し考えて、そう応えた。
何処かで音夏さんが呼んでる。行かなきゃ。
「また、会いましょう。」
青年のそんな言葉が聞こえた気がしたけど、その姿は人波に呑まれて消えた。
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