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「やけど、珍しい布どすなぁ。」
君菊さんの白魚のような手がジャージの上を滑って行ってなんだか女同士なのに気恥ずかしい。何でだろう。
それにしても、この君菊さん、何処かで見たことがある気がするのは気のせいだろうか。
「けったいな音。」
音夏さんがジャージを凝視して小さく呟く。
「あ、ごめんなさい。ご不快でしたか。」
君菊さんに触られてしゃかしゃか云ってた腕を引っ込めて、あたしは音夏さんを仰ぎ見た。
そういや、護はこの音がそんなに好きじゃなかったなとふと思い出して、音夏さんもその類の人だったかしらと首を竦めてあたしは音夏さんが口を開くのを待った。
「気にせんで良えんどすのよ?姉はんは思わはった事は何でも云わはるさかい。」
君菊さんは可笑しそうに笑ってあたしの手を握った。
「そうえ、うちは別にそん音が嫌やと云う訳ではおまへん。けったいな音やとは思うけど。」
「な、気にすることおまへん。それに、流はんはうちらに気ィを遣い過ぎどす。状況が状況ならあんさんはうちらんお客はんやったのどすから、寛いでおくれやす。」
音夏さんの言葉に、君菊さんは優しく笑ってそう云った。
はあ、とあたしは取り敢えず笑おうとして、ふと頭を掠めた事実に顔を引き攣らせた。
__________状況が状況ならあんさんはうちらんお客はんやった?
ナンダッテ。ナ、ナンダッテ。
あれ、もしかしてあたし…、
「それにしても流はんは細おすなぁ。武術はやってはったの?」
「い、いえ、特に何も…。」
君菊さんの反対側、つまりあたしの空いた手の方に回り込んだ音夏さんの質問に若干キョドりながらも答える。そして。
「江戸ん男は強うないとおまへん、とこの前来はったお客はんが云わはってたえ?」
…………あたし男と間違われてる!!?
ギョギョギョ。驚愕の事実、衝撃の事実。
少しずつ、あたしは遠くに流されて居た。
あの時あたしがその事に気付いて居たら、引き返そうとしたのだろうか。ともかく、あたしはまだ流されて居ることにすら気付いていない。
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