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「くっ、くくくくく、」
襖の向こうで堪え切れなかったような声が漏れた。
あたしは呆気に取られるばかりだったけど、雪代ちゃんがこっちが吃驚するくらいの機敏さで振り向いて襖を睨み付けた。
「姉さんっ!盗み聞きなど、」
「堪忍、堪忍。いやぁ、流はんはほんまにけったいなお方どすなぁ。」
すっと開かれた襖の向こうには、随分と印象の変わった音夏さんが笑過ぎて浮かんだらしい涙を拭いつつ座って居た。
「何か凄く失礼な事を云われた気が………。と云うか、音夏さんそっちの方が可愛いです。」
あたしは微妙な心境で、でも音夏さんの姿に見入って居た。
白粉を落とした肌は何処までも透き通っていて美しく、無造作に結い直された髪も艶やかに流れて居る。桃色の頬を抑えてころころと笑う音夏さんの姿は、内側から輝いて居ると云うのが相応しい。
「あら、……おおきに。」
音夏さんは一瞬意外そうな顔をして、それから柔らかく微笑んだ。
「嫌おすなぁ、雪ちゃんの敵娼になるんどすのん?うち。」
「ね、姉さん!そんな事より、君菊の姉さんが遅れてはりますさかい、うち、行ってきます。」
凄い勢いで捲し立てた雪代ちゃんはふらりと立ち上がって、妙な歩き方で襖に近付いて行った。
「雪代ちゃん、足、どうかしたの?」
もしかしてずっとあたしの側に控えさせてしまって居たから足が痺れてるとか?だったらマッサージすると何とかなるし。痺れると痛いんだよね、それこそ死にそうなレベルで。
「………うち、此処にくるまえ、あいやを悪うしとんどす。」
表情に陰りを乗せた雪代ちゃんが、呟いた。
あいや、って何だろうと一瞬考えを巡らせてるうちに、音夏さんが珍しく凛とした声で云った。
「雪ちゃん、君菊んとこ行きなはれ。うちと流はんは此処に居りますさかい。」
そして雪代ちゃんが出て行くのを待って、音夏さんは話し始めた。
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