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「重ね重ね、ご迷惑を。お願いします。」
そう云って、音夏さんに頭を下げたのが三十分くらい前の事。
あたしは今、何と島原遊郭の道をぶらぶらと歩いて居る。ひぃ、人間の順応性って恐ろしい。
音夏さん達が寝起きして居る置屋、菊屋の位置だけしっかり覚えて後は人通りの激しい道を道なりに。
そこまで記憶力が悪いと云う自覚はないからきっと大丈夫。音夏さんたちも、置屋のご主人に許可を取ってから出て来るって云ってたし。
けど。やっぱり。
道行く人の一部の人達は腰に刀を差して居る。それに丁髷。
と云うことは、断髪脱刀令が出される前。つまり明治時代よりは確実に前。
「ふう。」
反射的に溜息が出る。とんでもない事に、なっちゃ、
と、その時。目の端に大男三人に絡まれる小さい女の子を捉えた。
幸いあたしの格好はジャージに履き古したスニーカー。この際少しくらい目立ったって気にしない!
だっ、と駆け出して女の子と大男共の間にスライディング。
「ンやぁ、こいつ!」
男のうち一人が叫ぶ。あー酔っ払いだよ。ヤダヤダ。
「……困っているのが、分かりませんかね。」
酔っ払い相手に何を云っても通じやしない。くそう、不毛な戦いに首を突っ込んだか。
しかも、待って。背中痛めてるの忘れてたよ。待って。痛い。
「アァ!!?なんやてェ?」
そしてもう一人が切れる。
わぁ、キレるの早っ!頭の血管でも労わりましょうねー。
「はっ、」
残念ながら向こうは刀を持ってる抜かれたらあたしに勝ち目は無い。そんなら容赦無く。
飛び上がりざまに大男の鳩尾に蹴りを叩き込む。着地と同時に軸足を入れ替えて、もう一人の男に手刀を決める。
小さい頃に護とやってた空手がこんな所で役に立つとは。人生って分からない。
さて気を抜いている暇は無い、あともう一人。
一歩半で足を摺って、猿臂(えんぴ)当て。所謂肘鉄。けど、………届かない。
女の子を背後に庇って飛び退る。
___________ヤバい調子乗り過ぎた。
最後の一人が抜いた剣の鈍い輝きに、無意識に顔を歪める。
台所からマイ包丁でも持って来るべきだったか。いやいや銃刀法違反。
考えを巡らすその内にも、男の刀は迫って来る。
いざとなったら逃げるが勝ちだ。あたしは背後の女の子の小さな手を取る。
けど其処に。風が滑り抜けた。
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