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月明かりが妙に眩しい。そうか、此処には街灯が無い。
風に、何かの花の匂いが混じって居る。
月明かりに照らされて黒光りした長い髪があたしの目の前を流れて行った。
白に青を溶かし込んだような色の着物に、濃紺の袴が風に煽られる。
一分の隙もなく構えられた刀が、禍々しく輝いた。
助かった。この人は多分相当強い人。
咄嗟に判断したあたしは、震えて居た女の子を抱き上げて対峙する二人と間を取る。女の子は一瞬驚いたような顔をしたけれど、直ぐにあたしにしがみ付いて大人しくなった。
「賢明な判断です。」
男性にしては少し高い声がした。
その声の持ち主は、云うまでもなくあたしたちを助けてくれたその人。
そして次の瞬間。大男は白眼を剥いて倒れて居た。
何が起こったのだろう。早過ぎて訳が分からなかった。
あたしが呆然として居ると、何故か全員白い襷を掛けた四、五人の男性が見計らったように駆け付けて来て、あの強い人と目配せするなり大男を全て担ぎ上げて元来た道を戻って行った。
けれど、あたしはふと正気に戻って、腕の中の女の子を地面に下ろした。
「大丈夫?何処も痛い所はない?」
汗ばんで額に張り付いた女の子の髪を整えてあげながら問うと、女の子はこくこくと頷いて、それから泣き出した。
「怖かったでしょう。でも、もう大丈夫。」
あたしはただ女の子を抱き締めて背中を撫でた。
昔、よくこうして護を宥めた。一つしか違わないけど、やっぱりお姉ちゃん振りたかった年頃だ。
___________ああ、護。あんたは如何してる?
女の子がしゃくり上げつつ、漸く口を開いた。
「ほんに、おおきに。うち、わか云います。ほんに、おおきに。」
「そんなら、わかちゃん。早く帰りなさい。危ないから。」
女の子、わかちゃんは一瞬驚いたような顔をして、そして花が咲くように笑った。
最後に一度深々と礼をして、くるりと身を翻したわかちゃんの背中は、雑踏に紛れてあっという間に見えなくなった。
「それにしても、お強いですね。」
背後から唐突に穏やかな声で評されて、あたしは鋭く息を呑んだ。
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