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「ンもう、流はん何処に行ってはったん?心配したんえ?」
音夏さんたちの姿は直ぐに見つかった。
「ごめんなさい、ふらふらしてました。」
「ふふ。ほんに、名前通りどすな。名ァは体を表す云いますけど。」
目を釣り上げて怒った風な音夏さんに、くすくすと小さく笑う君菊さん。君菊さんの側に控えてじっとして居る雪代ちゃん。
「名は体を表す、ですか。」
歩き始めた音夏さんたちに並んであたしも歩きながら問う。
………こうして並んでみるとやはり皆小さい。ぐう。
「そうえ?そんでもうちらん名ァはちゃいますけどな。」
「源氏名、なんですよね。」
まあ本名じゃないわな。何気無く云うと、何故か音夏さんが凄く嬉しそうに笑った。
「何時か、もっと仲良うなれたら、流はんにもうちらん真名を教えます。」
にっこりと笑って云った音夏さんから飛び出した言葉はとても信じ難いもので、あたしは眼を剥いた。
「そんな事、簡単に仰っちゃいけません。こんな得体の知れない私如きに。」
自嘲するようにあたしは云った。必要以上に自分を卑下する人間はあたしは余り好きではないけど、少なからずこの状況では自嘲したくもなる。
だって、この時代にとって、あたしはきっと余りにも異質な存在だ。
可愛らしい着物と、着慣れたジャージ。
簪の揺れる美しい黒髪と、さっぱりとし過ぎた短髪。
言葉遣いも、身のこなしも。
嗚呼、何もかもが違う。
「……得体が知れないのはうちらだって同じ事。雪ちゃんは別おすけど、うちも姉さんも、親の顔も知らんのどす。生まれも卑しい、育ちも悪い。その上、生きるためには花を売るしかおまへん。うちが何モンなのか、考えるのももう飽きる程に考えたんどす。」
不意に、君菊さんが歌うように云った。
「そんでも、おんなし得体が知れへん人でも、うちらには流はんが眩しく見えます。」
「私が?」
君菊さんの言葉に耳を疑った。思わず眉を顰めると、それでも君菊さんは朗らかに笑った。
彼女の闇に閉ざされた視界には、一体何が見えて居ると云うのか。
「流はん。………うちらと仲良うしたって。うちも、何時かあんさんにうちん真名を教えとおす。」
静かに微笑んでそう云った君菊さんの言葉の裏に、叫び出したくなる程の悲しみを見た気がした。
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