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その言葉を聞いて私は衝撃を受けた。そして今思い付いたことを言った。
「そんなの作るヒマないよ」
それは嘘でもないし本当でもない…。何て説明したらいいんだろう…。
まさか「付き合ってる」という口約束すらしていない相手を頻繁に自宅に出入りさせているなんて口が裂けても言えない。
そんな事を口にした暁にはすぐにでも私の住んでいる家に兄の昌平と乗り込んでくるに違いないから。
私はそう言っただけであとは黙っていた。
「まあ、その辺はあんたの好きなようにしな」
意外な返答だった。母が私を自由にすることを言うだなんて。
私や兄を言葉で縛りつけるのにはきっかけがあった。それも大変大きな。
それは、父の死だった。
母からしてみれば夫になるけれど、これ以上、血筋のある人間が自分から離れていくのが怖かったのか当時はこう言った。
「あんた達。お母さんを一人ぼっちにしないでね」
懇願するかのように私達兄弟に言って聞かせた。
事あるごとに、
「どこに行くの?」
と、訊いてくる母。
さすがにトイレに行く時までそう訊かれた時はうんざりした。
でも、仕方ないのかなと私と兄は陰で話していた。
私は今23だから父が亡くなってから八年の歳月が流れた。
沈黙を破ったのは兄の昌平の帰宅の声だった。
「ただいまー」
私は玄関に出て行き兄を迎えた。
「お兄ちゃん、お帰り」
「お!わざわざ出てきてくれたのか、サンキュ」
兄は嬉しそうな表情で私を見ていた。
「今日は家でゆっくりできるんだろ?」
私は兄からセカンドバッグを受け取りながら、
「うん、今夜は家にいるよ」
「そっか。それならいろいろと話しができるな」
そう言いながら居間へと入った。
すでに母は台所に向かっていて、
「そろそろお寿司、注文しよっか」
と言って傍にある棚の中から寿司屋のチラシを取って持ってきてくれた。
「二人で何か好きなのを選んで電話して。だいたい四人前分あればいいかな。お母さんはなんでもいいから」
そう言われ私は兄と一緒にチラシを見ていた。
「私、いくらが食べたい。あと、サーモンもいいなぁ」
「僕はやっぱりトロが食べたい。これに四人前ないから思い切って五人前にしよう!」
そう言いながら兄は電話で注文した。
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