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「ベッドを貸してくれ」
と、家に上げてすぐに彼はそう言った。
「うん、いいけどどうかしたの?」
正宗は倒れこむようにして横になった。息はまだ少しだけれど上がっている。
「麦茶でよければ飲む?」
「…ああ。もらおうかな…」
しばらくしてから彼は起き上がり喋りだした。
「会社で…会社でトラぶっちゃってさ……。社長を殴ってきた…」
「え!マジで…?ていうか正宗はどんな仕事してるの?」
「車のセールスマンだよ」
ずいぶんと今日は正直じゃないと思いながら、
「そうなんだ。だからスーツなんだね」
「そうだ」
「ちなみにどうして殴っちゃったの?」
彼は言いづらそうにしていたが、
「お前の売上が最悪だ!って毎月のように言われ続けていて、前々から頭にはきていたんだけれど我慢の限界を通りこしちゃったんだ。だから殴った」
私は複雑な心境になりながらも話しを続けた。
「…殴っちゃったってことはもうその会社は辞めちゃうってこと?」
「当然だろ!」
今度は私に喰ってかかろうとしたので、
「そうだよね…。ゴメン、おかしなこと訊いちゃって」
私は冷蔵庫から麦茶の入った容器を取り出し、コップに注ぎベッドの近くにあるテーブルの上に置いた。
彼はそれを一口飲み、また話しだした。
「それにしてもあの社長は最悪だ!」
と、愚痴をこぼし始めた。
「だってさ!売上の台数が上がってないのは俺ばかりじゃないんだぜ!?確かに一番少ないのは俺かもしんないけどさ!」
私は圧倒されそうになりながら黙って聞いていた。すると、
「レナ、俺の話し聞いてるのか?」
「う、うん。聞いてるよ。ただ、急に大きな声を上げるからびっくりしちゃって」
「まあ、こんなことレナに言ってもしょうがないんだけど、聞いてくれるヤツがぶっちゃけ近くにいなくてさ…」
近くにいない?じゃあ、遠くに話を聞いてくれる誰かがいるってこと?と私は思ったが口には出さなかった。
時間とともにすっかり意気消沈してしまった正宗は今、私のベッドの上で眠っている。
聞きたいことや話したいことがあるのに…。
それにしてもこの先彼はどうしようと考えているのかな…。
仕事はもちろんのこと、私との関係を…。
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