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美術室の雰囲気は異質だ。一般の教室の何割増しかの広さがあり、片隅にはイーゼルやキャンバス、石膏像といった画材が所狭しと置かれている。教室というよりは作業場といった趣が強い。机や椅子は通常のタイプだが、雰囲気が独特なのは広さや画材のせいばかりでない。教壇の位置が反対だからである。
席はすでに8割方埋まっていた。わたしはそのあたりだけ空白のようにあいている前から2つ目の席に腰を下ろした。
絵は決して得意ではないが、週1回、2時間しかない美術の授業が意外に好きだった。毎回、冒頭の10分間で人物のクロッキー(速写)が行なわれる。始業の号令を済ませると、スケッチブックを広げ、鉛筆を準備する。すると、「須藤ちゃん」とお呼びがかかった。
「わたし?」と自分を指さす。
間近に立つ横田先生が笑いかけてくる。女の人だが、ふくよかな体型と人のよさそうな笑顔は七福神の恵比須のようだ。
わたしはしぶしぶ席を立ち、教壇に上がった。クロッキーのモデルは先生の指名で決まる。前にいる人ほど指されやすいのは必然だ。
上履きを脱ぎ、よいしょと教卓に上がる。それから先生がT字型の長ぼうきを差し出してくる。
掃き掃除をしている少女。そんな陳腐なタイトルを思い浮かべながらわたしはそれらしいポーズを取った。
すると、ほぼ真下から吟味するように見上げていた先生が妙な注文を付けてくる。「ちょっと薙刀(なぎなた)ふうに構えてくれる?」
薙刀と言われてもぴんとこないが、とりあえず教卓の幅の許す限り足を前後に広げ、柄の先端を教室の後方へ向けるかたちで、両手を使いほうきを腰の位置で構えた。「こう?」
須藤ちゃんかっけー、と声が上がる。
しかし先生は言う。「やっぱフツーでいいや」
「なにそれぇ」
「仮装したときの衣装あればよかったねー。黒いフリルのワンピース」
この人まで過去ネタでわたしをいじる気か。「この髪型じゃ意味ないでしょ」
「『おかっぱ』もかわいいじゃん。ちょっと笑ってみて」
ニカーッ、とわたしはことさらに笑ってみせる。たぶん目は笑ってないけど。
やっぱいいや。やはり先生はそう言った。
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