第1話

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 僕はいま、週に何回かある意味無に等しい時間を過ごすために食卓を囲んでいた。 美希ちゃんの作る手料理、不味いとか不味くないとかいう次元ではなく、無なのだ。  『無』は美希ちゃんの人生のテーマである。美希ちゃんは小学生のときから武道をしている。柔道剣道合気道、空手。どれも女子中学生にしては上手だと指導者の大人達から褒められているくらいには両立ができている。それにはちゃんと理由がある。それは目。動体視力がいいのだ。もちろんそれに対応できる反射神経もかねそなえているからであるが。集中すれば、周りがスローモーションになる。美希ちゃんはそういっている。瞬間的ではあるみたいだが、相手が動き始めたあとに行動できるということは、相手がいるスポーツをするうえで、とても大きなアドバンテージとなる。そんな美希ちゃんの人生のテーマの一つが『無』である。武道をするものとしてその『無』の姿勢はとても重要であると武道を習っていない僕でもそう思う。しかし、である。こと、料理というジャンルにおいて、それを極めることを考えた美希ちゃんの思考を僕は理解ができない。無味、それが美希ちゃんの作る料理である。なぜか味がしないのだ。下の妹の優希ちゃんは普通に食べている。ふしぎである……というと普段優希ちゃんが不思議ちゃんではなくなるみたいなので言いたくはないのだが。それを差し引いてもいいたくなる。ふしぎである。  素材の味を消す。調味料の味を出さない。そんなこだわりの食事を台無しにするように、味付けをしながら食事をするのであった。
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