第8話

3/12
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
「いいよ、花菜。パンケーキもそろそろ終了だし」 「ごめんね、ありがとー」 花菜は田中にテーブルへと促される。 そこには成宮充がいて、「お疲れ」と言ってにこりと笑う。 「……いらっしゃい。ふたりで来たんだ?」 意外な組み合わせに驚きを隠せずにいた。 田中が苦笑する。 「たまたま休憩が一緒になったんだ。あ、それでさ、本題な。俺の当番の時にさ、矢澤の絵を見て、本人に会いたいって人がいて」 「え?!」 「いや、それがさ、絵が目当てって感じじゃなくて」 「……どういうこと?」 一瞬、専門家の目に止まったかと期待してしまった。 自分の絵の実力はわかっているつもりだ。単に描くのが好きなだけだ。 「だって中学生だぞ?だから、顧問にはまだ言ってないんだ。先に矢澤に言っとこうと思って」 「中学生?」 どきりとする。 「うん。中3だってさ。まあ、礼儀正しかったし、変な奴じゃなかったな。これ、連絡先だってさ。今日は学祭が終わるまでいるって言ってたぞ」 田中からメモを渡される。 『佐倉直人 090-××××-××××』 それまで黙っていた成宮充が口を開く。 「知ってるやつ?」 「……う……ん」 何故だろう。先程会った時は何も言わなかったのに。 絵を見て? 名前だけ知っていたのだろうか。 考えがまとまらず、頭の中がぐるぐるとまわる。 「大丈夫か?会うのが不安なら一緒にいるか?」 成宮充が俯いていた花菜を覗きこむ。 「…………」 会う? 向こうの親にも言わずに会ってよいのだろうか。 あの時は、本人には伝えていないから知らせないよう言われていた。 だが、名前を見て連絡を取りたがるという事は、知っているのだろう。 葬儀の時の、佐倉直人の暗い表情を思い出す。 弟がいたという事を嬉しく思って、父親の葬儀に行ってしまった。 彼はずっと一緒に暮らしていたお父さんを亡くしたんだった。悲しくて当然だ。 一度しか会っていない自分とは、悲しみの深さが違う。 自分の冷たさを目の当たりにした。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!