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あまりに痛かった。異常事態に巻き込まれた、一般人なら。漫画の主人公なら。顔をしかめる程度の傷で。氷の刃がこの腕をかすっただけで、涙が出る。血が、だくだくと零れたあの感覚が、僕の心を蝕む。
なんて、情けない……。
……もういい。もう十分だろうに。実力で負け、情報で負けていた。ならば、当然の結果だ。もう諦めてしまえばいい。クロエには、悪いが。僕には、荷が重かったんだ。
いや、サキュバスさんはまだ次がある。この『戦争制度』には、引抜きがあるじゃないか。あんなやつらだが、僕よりは上等だ。この学園で、僕より劣る者などいやしないんだから。
だから、諦めろ。負けなんて、慣れたものだろ。
……僕は、歯を食いしばる。
「…………どうする、次は。ここからは、どうすれば、いい」
……僕は、口の中で、言葉を転がす。
……心とは裏腹に、身体に力が籠る。地面を踏みしめ、踏ん張る。
……まだ、終わっていないとでも、言うかのように。
諦めろ。諦めろよ。往生際が悪いんだよ。引き際を弁えろ。そんなこともできないから、僕は出来そこないなんだ。なんでそれが分からない!
……僕の顔は、前を向く。前を見据える。恐怖に身体は震え、顔は青ざめ、痛みに怯えているのに。
どうして、僕は、
「……もう、もうよい。これ以上、無理をするな」
サキュバスさんが、僕の腕に手を添える。
「そんなに、震えておるんじゃ。虚勢を張ることはない」
サキュバスは、申し訳なさそうにそう言う。
僕の、この惨状を。惨めな状態を見て、言うのだ。諦めろと。無理をするなと。僕を案じているのだ。あの夜、あれほど、勝ちたいと言っていた彼女が、こう言っている。
……好都合じゃないか。なんて僕は運がいい。向こうから、こんな、提案、が…………。
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