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「この前、男の人を見たの」
紗江が典子に言った時、2人は授業を終えて紗江の家へと向かっているところだった。
何十年かぶりの大雪が積もった町には、もう数日が経ったとはいえ、まだ道路のあちこちに高く積み上げられた雪が残っている。
日が経つにつれて黒く汚れていく雪を横目で見ながら、紗江は唐突に思い出したことを話し出したのである。
「そりゃあ、私だって男の人くらい見るよ。普通に生活してたら、誰だってそうでしょ」
と冷たく言い放った典子に、紗江は顔をしかめた。
「そうじゃなくて」
それから、小さく咳をして続けた。
「この前の大雪の日。雪もすごかったけど、風もすごくて、傘もさせないくらいだったじゃない?
そんな中で、みんな必死に家に帰ろうと歩いてたのにさ。
私がびしょ濡れでマンションに帰ってきたら、入り口の前に立ってる男の人がいたの」
「立ってたって?ロビーの中で?」
と、典子が訊ねると、紗江は首を振った。
「違うの、外で。あの寒さの中で、外に立ってたんだよ。
傘をさすわけでもなく、びしょびしょで。信じられる?」
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