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背の高い男は、黒いコートのポケットに手を突っ込んで、二人を見下ろしていた。
雪の夜に見た時とは違い、当たり前だが髪の毛は乾いていたから、ちょっと雰囲気は変わっていたが、それが確かに同じ男だと紗江は思った。
あの時、マンションを見上げていた黒い瞳が、今度は自分に向けられている。
そう思うと、カッと頬が熱くなった。
「ねえ」
答えないでいる二人に、男は再び口を開く。
怒っているのだろうと思うと、紗江は何も答えることができないでいた。
確かに自分達のしていたことは失礼だと分かっていたのである。
典子も同じ思いなのか、ちょっと紗江のほうに身を寄せただけで、口を開こうともしない。
風の冷たいところで、三人が距離を置いて睨み合っているのは、異様な光景だったのだろう。
女性が一人、通り過ぎざま眉をひそめてこちらを見ているのが、分かった。
「それってさあ……『俺も好きだよ』って言えばいいわけ?」
唐突に男が言った。
紗江が驚いて、目を見開く。
が、男の方は、たいして面白いことでもなさそうに、肩をすくめただけだった。
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