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バイトが終わり,私は先輩と一緒に帰ることになった。
「栞ちゃん,お疲れ様」
そう言って,先輩は私に缶ジュースを渡してくれた。私がお礼を言うと,どういたしましてと微笑む先輩の姿にいい人だなと思った。久しぶりだった。人の優しさに触れたのは。
とても暑い日の午後だった。家に帰りたくなかった。しかし朝からの勤務だった為帰ることになった。というのも千夏の件もあり,仕事に集中できないと判断したのだろう。家で休んでねと言って意思は伝えたものの帰宅することになった。先輩は午後に上がる予定だったのでちょうど一緒に帰ることになったのだ。
「栞ちゃん,あのさ」
お互い少しの間黙ったままであったが,沈黙を破ったのは先輩の声だった。蝉の声が鳴り響く。そんな事よりも先輩の言葉の方に耳が傾いて,夏の余韻を感じる間もなかった。
「俺で良かったら,いつでも相談に乗るから」
その声に私は安堵を覚えた。しかし,先輩のことを信じていいのか。と一瞬疑ってしまった。なんて薄情な人間なんだろうか。自分に苛立ちを覚えた。「栞ちゃん、シフトならいつでも変わるから言ってね。さっきの子が怖いなら夜に変えることも出来るし。」先輩は私の疑心暗鬼にも気付かずそう優しく微笑んでくれた。嬉しかった。こんなに優しくされたのは久しぶりだからである。先輩の優しさが身に染みて涙がこぼれそうだった。目の前には蜃気楼が見えた。それほど暑い夏だった。「あ、ありがとうございました」言いそびれてた感謝の気持ちを告げて、私は先輩と別れた。その日は嫌なこともあったけどそれよりも優しさのほうが強くて何故か幸せだった。
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