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昨日から降り続く雨はまだ止みそうにない。
「お茶、淹れたから」
しっとりと濡れた草木を恨めしそうに見つめる横顔に声をかける。
「いつまでそうやってるつもり?」
濃い目に煮出したお茶にたっぷりのミルク。
これくらいで機嫌が直るとは思わないが、最善は尽くしてみる。
「また来ればいい」
寄越された視線は非難の色を湛えている。
「前にそう言ってから、どれくらい経ったと思うんです?」
私だって。
町の占い師から晴天祈願の人形を買って、この日を心待ちにしていた。
なかなか来られなかったのは私のせいではないのに。そしてこの雨も。
「じゃ、雨の中出掛けてみる?」
二人で馬を走らせて、森の中でランチを取るはずだった。
一年でもっとも美しいこの季節。風を切って自由に森を駆け抜ける喜びは、一度味わうと忘れ難い。
「そんなこと、させられるわけないでしょう」
漸く腰を上げた彼がゆっくりと歩み寄って来る。
手にしたトレイを受け取って、サイドボードの上に置く。そんな何気ない仕草にさえ一縷の無駄もなく、もちろん、ソーサーにお茶を零すなんてことはない。
「……でも、約束した」
思わず声に出た呟きを聞きつけて、彼が形の良い眉を上げた。
――何があっても、守ります。
「もう、無効かな……」
あれは、子ども騙しの約束だったのかもしれない。
少なくとも彼にとっては。
不意に視界が暗くなり、気がつくと引き寄せられていた。
「いいえ。私がこの世に存在する限り、何があっても、あなたを守ります」
耳元に落とされた言葉に息を呑んで。
思考がまとまる前に告げられた。
「でも、今日は駄目です。馬もかわいそうですし。さあ、お茶を飲みましょう」
すっかり機嫌を直した様子で、カップを手渡してくる。
珍しく笑みまで浮かべて。
全く、調子が狂う。徹底的に宥めるつもりだったのに。
結局のところ、こうして、彼が満足してくれるのならば、雨でも快晴でもどちらでも良いのだ。
本当は。
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