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この日のために自ら細かい指示を出し、時間をかけて誂えた衣装は想像以上の出来栄えで、初めてそれを身につけた主の姿を見た瞬間、思わず息を呑んだ。
今は上着を脱いで白いシルクのシャツだけだが、それはそれで黒い瞳とビロードのような黒髪を引き立たせていた。
「私が、どうして今までその手の誘いを断っていたか知っていますか?」
未だに私が家を捨てたことに納得していない人々が送りつけて来る招待状。
私が一度もそれらに応じていないことは、彼も知っているはずだ。
「意味がないからですよ。一人で行ってもつまらないだけです」
主が参加するならば話は別だ。
単純に美しく着飾ったその姿を見たいという気持ちと、世間に見せびらかしたいという気持ち。どちらも満足させられる機会はそうそうない。
「なら、いい」
素っ気無くそう言いながら、どこか安堵した顔を見ていると胸が苦しくなった。
「私にとって、あなたのいない世界は無意味です」
家族も地位も財産も全てを無くした彼にとっては今、私がここにいるだけではだめなのだ。
「あなたが求める限り、共に在ることを許して下さい、といったら傲慢ですか?」
力なく首を振って応えた彼は、不安の色の残る瞳で見上げて来る。
「でも、私には何もない。差し出せるものは何も」
その手を取ってそっと口付ける。
「それに、どうせ、先にいなくなってしまうんだろう」
絶望の先の諦観。
それを感じて思わず、主の頬に手を伸ばす。
「誓います。あなたを置いて死んだりしません。だから、私のほしいものをくれますか?」
返事は待たずに顔を近づける。
元より、選択肢などない。
それは質問ではなく、確認なのだから。
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