第3話 希望

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 いつもより遅くなってしまった。  ついつい彼の熱弁に引き込まれ、長居してしまったのだ。  月に一度、彼の元を訪れるようになってからどれくらい経つだろう。  今ではほとんど失ってしまったアイデンティティを取り戻す、数少ない時間となっていた。 「また、怒られてしまうな」  ただでも、良い顔をされていない。  どんなに忙しくても、タダ同然で引き受けているこの仕事だけは外さない。    その上、治安の悪い界隈をウロウロするというのが、どうも受け入れられないらしい。  今では使う人もいなくなった言葉。  さらにその文語を理解できる人間がどのくらいいるのだろう。  偶然、街の図書館で出会った彼にほとんど懇願されるように依頼され、一冊の書物を翻訳することになったことがきっかけで、その後も依頼は途切れることなく続いている。  彼にとっては翻訳の依頼と同じくらい、語り合う相手を得たことが嬉しかったようで、いつも茶菓子を用意して待っていてくれる。  親子以上も年の離れた彼を友と呼ぶのは失礼かもしれないが、今のところその言葉が一番しっくりと来る。  お互いはっきり口にすることはないものの、彼は私の素性に気づいているようだ。    それでいて、  態度を改めるでもなく、  軽蔑するでもなく、ただそのまま受け入れてくれていることが嬉しかった。  だから私も長い歴史の重みを引き摺るであろう彼の系譜を辿ろうとは思わない。
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