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「お仕事帰りですか」と絢人は男に訊いてみた。
「ええ、まあ」と男は答え、その時初めて男の目が絢人の方に向けられた。絢人はその視線を静かに受け止め、土曜なのに大変ですねと微かな同情をこめた目で微笑んで、
「お仕事、お忙しいんですか」とかさねて訊いた。
「いや、…今日はただ、海外とのテレビミーティングがあったもので」
男の口が少し滑らかになったところですかさず絢人は質問を重ねた。
「へえ、どんなお仕事をされているんですか。勿論差支えなければですが」
「普通のサラリーマンですよ。ネット関連の」
そう言って男は、絢人でも知っている企業の名前を挙げた。
「去年までは営業だったんだけど、今年異動になってから海外とのやり取りが多くなってしまって。そうすると必然的に休日出勤が多くなるんですよね」夢からようやく覚めたかのように、男の口が滑らかになってくる。
「へえ、どんな部署に異動されたんですか?」
「経営企画部っていうんだけど、まあ今の僕の仕事は子会社とのやり取りが主で。子会社がほとんど海外なもんだから、なかなかコミュニケーションを取るのも難しいんです」
淀みのない口調だった。こうやって説明することに慣れていそうな。男の声は低すぎることも高すぎることもなく、絢人の耳に心地よく響いた。喋っている男の顔を何ともなくみていたら、そういえば前にも店で見かけたことがある、と絢人は思い出した。そうだ、その時はスーツ姿じゃなかったから今まで気づかなかった。
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