第4話

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「失礼ですけど、お客様、以前もこちらにいらして頂いてましたか?」 「ああ、覚えてるんですか」男は少し驚いたように答え、「そうそう、お正月に友達と三人で飲みに来て」と続けた。 「確か、二日だったかな? ・・・そういえば、その時も君、働いてたな」男が急にくだけた口調でさらりと口にしたので、絢人はいささか面食らった。 「ええ、僕は常勤なので。お陰様でお正月はたくさんのお客様に来て頂いて。すみません、十分におもてなし出来なかったんじゃないでしょうか」 もしかして何か粗相をしたことで覚えられていたんじゃないかと思い、絢人は訊いた。女の客であれば顔を覚えられていても不思議ではないが、男というのは別に働いているバーテンダーの顔なんて見ないものだ。友達同士で来ていたならなおさら。 「いやいや、そういうわけじゃないんだ。友達の一人が、君のことを俳優の誰かに似てるて言っていて、そのとき綺麗な顔をしてるもんだなって思ったから」 一瞬、黙り込んだ絢人を見て、男は気まずそうに続けた。 「申し訳ない。気を悪くさせたかな」 「いいえ」絢人は控えめに微笑んだ。  綺麗な男とか、芸能人の誰かに似ているとか、そういったことを聞かされても気を悪くすることなどない。でも、こんな所でいかにも真っ当なサラリーマン然としたこの男にそんなことを言われるとは、と絢人はちょっと意外な思いがした。  でもこの男は、自分の一言がいま、絢人に何を思い出させたかは決してわからないだろう。自分が絢人にどんな罪を思い出させたか、想像もできないだろう。そう思って、絢人は一瞬、目の前の男をひどく責めたてたい気分になった。  昔はコンプレックスだったこの容姿が、ある場所では何物にも代えがたい武器になることを知り、絢人はその時から自分が何者かになれるかもしれないという分不相応の望みを抱いた。平岡が絢人をそそのかしたから。平岡は「お前は苦悩している顔が最も美しい」と言った。  でもその望みは結局のところ、自分を傷つけただけだったと、絢人は思う。
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