第4話

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「へえ、じゃああの後は皆様で家に行かれたんですか」 「ああ、二人とも俺の家だからってべろべろになるまで飲みやがって。結局、汚すだけ汚して帰って言ったよ」    絢人には今、そういう間柄の友達がいない。平岡の劇団にいた頃、確かに周囲にはいつも人がいて、遅くまで皆で酔っぱらい、寝食を共にしたりしていた。それを楽しいと思ったことも確かにあった。ほんの一瞬。絢人が平岡にもその仲間たちにも複雑な思いを抱くようになるまでは。  楽しそうで羨ましいです、と絢人が言おうとした時、入口のベルが鳴り、新しい客が入って来た。週末によくやって来る常連の中年のカップルだった。失礼します、と目の前の男に言って、絢人はカウンターの中を入口の方に移動し、二人を迎えた。 「いらっしゃいませ」 「もう、すごい雪よ!まだまだ降ってるの。明日はどうなることやら」 女の方がコートを脱ぎながら絢人に向かって勢いよく喋り出す。 「大変でしたね。こんな雪の中をわざわざありがとうございます」絢人は女に答え、二人を今まで絢人と喋っていた男の反対側――黙ってビールを飲んでいる初老の常連客の側の二つ離れた席――に案内した。常連客には悪いと思ったが、なんとなくこの機関銃のような喋りをする女をあの男の近くには座らせたくなかった。 「本当にやばいわよ。明日どうしようかしら」 延々と雪の愚痴を言っている女とそれにぼそぼそと相槌を打っている男に絢人はおしぼりを渡した。しばらくはこの二人の会話に付き合わなければならないな、と考えながら。その間にあの男が帰ってしまわなければいいけれど、と思ってそんなことを思った自分に苦笑した。洒落たスーツに身を包み、一流といわれる企業に勤めるまっとうなサラリーマン。いままでの絢人には縁も興味もない種類の男だった。  
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